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2013.01.27 Sun 20:51

キャラ紹介のつもりが民俗探訪レポート…


8キャラ目ラストはきつねっこ。


元ネタとなった新山神社で由来を調べてきました。
御祭神:江府上屋舗稲荷大明神
     江府浅草稲荷大明神
     江府王寺稲荷大明神
     王城稲荷大明神
     富郡惣稲荷大明神

ぽかーん。
ごめんなさい…ぐぐっても全くわからなかったです。。

とりあえず<江府>は「エフ」じゃないよ。
「コウフ」って読むのだそう。
意味は江戸のこと。

<上屋舗>は「カミヤシキ」です。
「上屋舗」で調べてもなんかよくわかんなかったのですが、
下の2つが「江府○○稲荷~」…と○○に地名が入っているので
この場合も江戸の地名からとってるのじゃないかと…
東京の上屋敷、東京大学本郷キャンパス付近のことをさしてるんじゃぁ…ないかなぁ…?

王城って「オウジョウ」? 「オウギ」?
当時の皇居の所在地ってことで京都と受け取っていいのかな?

残る「富郡惣稲荷大明神」については手も足も出ませんでした。。
調べてくるwwとか大きいこと言ってこのザマだぜww

…ごめんなさい。由来についてまとめてみました。

時は江戸時代中期。徳川幕府は第九代将軍家重の頃のお話。
宝暦七年(西暦1757年)の旧暦2月4日(今年は3月15日にあたります)、
地元を納めていた相良藩第二十六代藩主の頼峰さんが
分霊を迎え、お祀りはじめたそうです。

ちなみに離れた土地から分霊を迎え、新たに設けたお社におまつりすることを
神道の用語では「勧請(かんじょう)」というのだそうです。

江戸の四大飢饉といえば寛永、享保、天明、天保ですが
宝暦年間(1753年~1757年)もあまり良い時代ではなかったようです。

私の出身地、今更ながらですが熊本県人吉市です。
夏目友人帳で最近知られるようになりましたが
小さな盆地で真ん中に球磨川というちょっと大きめの川が流れております。
盆地特有の寒暖の差が激しく、昭和の時代(*asuka*母が子供の頃)までは
よく川の氾濫がおこっていました。
川辺の家はよく浸水していたらしいですが。。

宝暦のその頃は、農作物の不作や水害が酷かったそうです。
水害が酷いということは、もちろん疫病の流行も…

なのでその防災招福のため、お稲荷さまを招いたのだそうです。
せっかくなので芸能上達、商売繁盛もお願いしちゃったみたいです(^^;

由来の書かれた立て札によりますと「城南地方最古の稲荷神社」だそうです。
ここでいう「城南」とは、熊本県内の熊本城を中心と考えた場合の「城南」を指すのだと思います。

今回はプチ民俗探訪の回となってしまいました。
調べも甘いし、素人の推測が入っているので恥ずかしい内容ですが…

おつきあいいただきありがとうございました(><)
明日はさくっと過去に作った手芸作品を公開しますね~
やっぱりブログとか軽めがいいですよねー汗
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タグ:キャラ紹介


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